作曲家、音楽講師時代。

2年くらいでバンドを抜けて、さてどうしようかって色々考えて、とにかく作曲や歌の勉強をしようと。ドラムだけやってるだけじゃ、そのうちいつか仕事に限界がくるんじゃないかって何となく感じて。それで打ち込みで作った曲のデモテープを色々なところに持って行っていたら、子供の歌の依頼がたまたまきて、これもラッキーだったんですけどNHKの『みんなのうた』のお仕事をいただいて。それからいろいろなCMの仕事がくるようになりましたね。当時は打ち込みの音楽はかなり需要もあって、私はコンピュータミュージックの専門っていうイメージがあったので、お仕事がだいぶいただけるようになってきて。でも、この頃から、「音楽でいつまで食べていけるのかな?」といった漠然とした不安はありました。それでもただただとにかく仕事はどんどん入ってきて忙しくなってきて、ワンルームマンションでスタートした仕事場は最終的にスタジオ、事務所、自宅用と4部屋まで拡張しました。朝も夜もなくひたすらスタジオにこもって仕事オンリーの生活を続けて、最終的には一戸建てを中野区に購入できるくらいまでになりました。その地下を改造してドラムがたたけるスタジオにして、いろいろなミュージシャンのプロデュースをしてCDを作ったりしてました。